岐阜県各務原市

美濃国

JR高山線鵜沼駅下車

「うとう(謡)峠」巻は、「うとう坂入り口」、「うとう坂一里塚跡」、「赤坂地蔵堂」、
「赤坂神社」、「女優第1号貞奴画建てた貞照寺」などを
GPS位置情報
と共に、ご案内なします。

      

ここが市町村境です。

行政区域

「加茂郡坂祝町」から「各務原市」へ

加茂郡坂祝町

各務原市鵜沼

ここまで、加茂郡坂祝町酒倉から4.6km      
長野県境から66.2kmです。

 

うとう(謡)坂入り口 各務原市鵜沼陰平山
 北緯 35度24分42.8秒 東経 136度57分44.1秒

昔からこの辺りは木曽川に岩山が迫り交通の難所でした。
今でも落石防止のシェルター内を走る国道21号線
平行して走るJR高山線はトンネルで抜けます。

中山道は難所を避け国道21号線右の山を越えて鵜沼へ抜けます。

急に中山道の時代に戻ったような山道になります。

うとう峠登り口 各務原市鵜沼陰平山 
北緯 35度24分42.4秒 東経 136度57分43.1秒

ところどころに案内板があり迷うことはありません

谷にかかる橋も整備されていて安心です。

山の中の道は約1.2キロあり、20分かかります。

うとう峠 各務原市鵜沼陰平山 北緯 35度24分33.8秒 東経 136度57分26.4秒

「うとう坂」出口近くになると昔の石畳が整備されいます。

昔の一人旅は心細かったと思います。

うとう坂の一里塚跡 各務原市緑苑東2丁目 北緯 35度24分29.9秒 東経 136度57分19.4秒

うとう坂の一里塚と中仙道
江戸時代につくられた「鵜沼村絵図」(寛政五年六月)「中仙道分間延絵図」(なかせんどうぶんかんのせえず)(寛政十二年七月〜文化三年)によると鵜沼宿の東側にある一里塚より、東の坂を「乙坂」「長坂」とか「うとう坂」と呼んでいました。江戸時代に、各務原を治めていた旗本「坪内氏」「前渡坪内氏御用部屋記録」を見ると、天保三年の文書に、この坂を通って十日ほどかけて江戸屋敷へ到着する計画が残されています。

それによると1日の歩く距離は9里(36km)から10里(40km)が多く、関東平野に入ると
14里(56km)という場合もあります。1日の旅の距離数から、当時の交通事情が推定できます。

「うとう坂一里塚」
(詳しくは中山道美濃路十六宿後編「うとう(謡)峠」でどうぞ)

緑苑団地道と合流点 北緯 35度24分27.6秒 東経 136度57分12.0秒

緑苑団地の道と合流します

中山道は団地の道をしばらく下ると「合戸(がっこ)池」へ出ます。

団地道と分かれ池に沿って西へ進み左へ折れ山を下る
これが「中仙道」です。

団地の人は此処が「中山道」と知らない人も居るのではないでしょうか

鵜沼台団地西中山道 北緯 35度24分08.0秒 東経 136度56分47.2秒

中山道に沿って山を降りると視界が広がるところへ出ます。

西に広がるのが「緑苑南団地」、ここが「鵜沼台1丁目」正面に犬山城が見えてくる素晴らしい眺めに旅の疲れも無くなったと思います

赤坂の地蔵堂 鵜沼東町2丁目 北緯 35度23分59.8秒 東経 136度56分46.2秒

赤い前掛けの上に「左」と「右」と言う文字が見えます。
前掛けに下には右側に「右ハさいしょ(在所)みち」
左側に「左ハ江戸井せんこうし(善光寺)みち」
と書かれていて道標も兼ねていたようでした

中山道は少し下りながら西へ曲がります。

赤坂神社 鵜沼東町2丁目 北緯 35度23分01.3秒 東経 136度56分42.7秒

「赤坂の地蔵堂」を西へ進むと「赤坂神社」もあり、

常夜灯の台石に宝暦の年号が見えます。

あと数百米で「鵜沼宿」です。

此処で少し中山道から反れて、一時テレビドラマで有名になった貞照寺をご案内します。

貞照寺 鵜沼宝積寺町(ほうしゃくじちょう) 北緯 35度24分14.6秒 東経 136度57分44.9秒

昭和8年に女優「貞奴」により開山したお寺です。

国道21号線を「うとう坂」へ入ったところから、そのまま西へ進み初めての信号を右折すると正面です。

寄進者の名前がほとんど歌舞伎役者や往年の映画スター

わき道に反れました。中山道後編「鵜沼宿」に進みましょう。

      


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